☆近い将来「仮想現実(VR)」のなかで生活する時代が来る!?

こんにちは!心理カウンセラーで気功師で

「NLAメソッド」のトモヒトです!

 

さて、今日も月曜日の朝ということで、

「ナショジオch」で、「イヤーミリオン」という番組を

見たんですが、今日のテーマは「仮想現実(VR)」。

 

最近は動画やゲームなどでかなり「VR」が流行していて、

映像のクオリティも上がってきて、

リアルに戦場にいる気分だったり、楽しい世界を実感

するようなこともできるようになってきましたが、

 

それどころではなくて、このまま進化し続けると、

「現実」と「仮想現実」の区別がつかないくらいリアルな

体験ができるようになってきて、

 

「仮想現実」の中で、自分の思い通りの人格、環境で、

理想の人生を体験するなんてことも可能になってくる。

 

さらには、この「現実」が生きにくくなってきて、

多くの人々が、自分の脳のデータをアップロードして、

仮想現実の中だけで生きる時代も来るのでは・・・?

 

というような話でした。

 

◎それって意味ある?

確かに、僕もVR動画とか、ゲームも体験したりして、

それにはその楽しさがあるし、

 

否定するつもりはないけど、

 

例えば、アクティビティ的に、家に帰ってちょっと、

「今晩はエジプトに行ってみるか」という感じで、

楽しむという感じなどは、良いかなと思うんですけど、

 

番組の内容を見て居ると、

 

仮想現実の中で、多くの時間を過ごすようになって、

そのうちコミュニティを作り、恋愛をし、仕事もし・・・

 

そのうちに、犯罪を犯すものも出てきて、政府や、警察のような

機関も必要になって・・・

 

って、それって現実と一緒じゃないの?

 

という感じもしました。

 

たしかに、仮想現実の中では、自分好みのアバターを

設定できたり、現実的に「死なない」ということで、

 

「現実」よりも気楽に色々楽しめるという部分では、良いかもしれないけど、

 

「自由」を楽しむために、VRの世界に入るのに、

VRの世界はVRの世界で、政府や警察が出てきちゃったら

結局一緒になりそうな気がしません?w

 

さらに、そうやってVRの世界が発達すれば、それを

ハッキングする人も増えるわけで、自分のアバターが勝手に

犯罪を犯したり、存在そのものを消されたりと、

そういう犯罪も考えられるという。

 

個人的には、1人で、自分の理想の世界を構築して

その中でリラックスのために過ごす・・・

というような楽しみ方でいいかな・・・という気がします。

 

◎私たちがすでに「仮想現実」のなかで生きている?

僕も、このブログで過去に、「この世界は仮想現実?」

ということで書いていたりしますが、

 

番組の中でも、

「私たちは今、現実の中を生きていると思い込んでいますが、

これがすでに、何者かによってプログラミングされた

仮想現実の中ではない!と証明できる人が居るでしょうか?」

 

と言っていました。

 

僕たちは、五感でこの世界を感じて、その情報(電気信号)を

脳内で再構築した世界を「現実」として見て居ます。

 

しかし、目で見ているものもすべて、「光の反射」を

捉えているわけで、「そのもの自体」を見ているわけではありません。

 

だから、同じ風景を見ても、人によって感じ方が違ったり、

美しくも、寂しそうにも見えたりします。

 

また、「悟り」系の話の中でも、

私たちは、この感じている肉体や思考そのものではなく、

それを「観察」している者であると言われています。

 

つまり、私たちの本質は、この肉体を通して「生きている」

私たち自体ではなくて、

 

それをどこかから「見て居る者」ということでしょうか。

 

よくたとえで、

 

私たちの本質は、ゲームのコントローラーを操作している者で、

 

この私たちが自分の意志で生きていると思っている人間は、

ゲームの中のキャラクターであるという。

 

風を感じたり、痛みを感じたり、「リアル」な感覚があるから

「これが本物である」と思い込んでいますが、

 

個人的には、一般的に言われる「神」という存在は

よくわかりませんが、

 

やはり、人間が生まれたり、地球が生まれたり

この宇宙が存在する理由を考えると、

 

「何らかの大きな力」みたいなものを考えずにはいられません。

 

その「何か」がこの世界を作り上げて、

「シミュレーションゲーム」を楽しんでいるのかもしれない

と言われれば、そうかもしれないとも思います。

 

◎実は私たちは、プログラミング通り

 

そして、さらに、私たちは、自分の意志で生きている!

と思い込んでいますが、実はそうではないという話もあります。

 

例えば、現代では、「イジメ」「虐待」「少子化」など問題が増えている

ように感じられますが、

 

実はある実験で、ねずみなどの動物を限定された狭い空間で

多数飼育すると、ネズミの社会の中でも

 

「イジメ」「虐待」「育児放棄」「同性愛」

などが増加していくというのです。

 

これは、人間だけではなくて、動物全般に、

本能の中に、数が増えすぎると、自然と数を減らすための行動を

とり始めるという、プログラミングのようなものが存在する

ということかもしれません。

 

僕も2人の子どもたちの親として、

もちろん、だからと言って現代に存在する、

「いじめ」「虐待」「育児放棄」などを、

「仕方ないじゃないか」と容認もしないし、擁護する気も無いけど、

というか、許せないと感じるけど、

 

それでも、人間にはそういうプログラミングによって

「動かされている」という部分を感じずにはいられない。

 

また、人間の3大欲求と言われる

「食欲、性欲、睡眠欲」なども、生存本能からくるもので、

全て、自分で「起こそう」と思って起こってくるものではありません。

 

そして、日常での仕事にしても、家事にしても、「生きる」

ということのためにしています。

 

つまり、日常のほとんどの行動は「生存本能」の部分に関わって

起こってきています。

 

現代では色々と複雑になっているので、

自分の仕事が何に関わっているのか?

世の中のどのようなことに貢献しているのか?

 

ということが分かりにくくなっていますが、

 

基本全ての行動は、

「安心で、快適に、生活できるため」と言えます。

 

そう考えると、私たちの生活がどれだけ「自由意志」

に基づいて行われているのか?と言うと分からなくなりませんか?

 

いや、悲観的な話じゃないですよ。

 

◎じゃあどう生きればいいのか?

 

仮想現実であろうが、現実であろうが、

「こういうものだ!」という確定したものではありません。

 

もしかすると、プログラミング通りに「生かされている」

だけかもしれないし、

 

この「現実」自体がすでに「仮想現実」の中かもしれません。

 

また、もしこれから将来的に、リアルな「仮想現実」のなかで生活

することになっても、

 

やはりその中で、自分の「生きる意義」というのを探して、

やっぱり、試行錯誤して生きるんじゃないかと思うんです。

 

そう思うと、現実の中でも、仮想現実でも、

そんなこと関係なく、

 

勇気をもって、なんでも飛び込んでみて、

 

自分のやりたいことをやるって言うことに尽きませんか?

 

将来どうなろうと、今はこの「現実」のなかで生きてるんだから、

それを思いっきり楽しんでみませんか?

 

そのために精いっぱい生きれば、もしかしたら、

人々が仮想現実で求めるような理想の人生を、

「現実」の中で、実現できるかもしれませんよ?